「今日の映画 『 KANO 』 」

今回は、最近見た映画について書きたいと思います(今後、観る予定 があるかたは、ネタバレ注意です)。 最後に書いた映画の記事が、2013年6月の「奇跡のリンゴ」ですから 随分と間が空きました。 その間も映画は見ていましたが、ブログに書こうと思うほどのものは 残念ながら無かったのです。 今回紹介する映画は「KANO(カノ)-1931-海の向こうの甲子園」 です。 都内では、「角川シネマ有楽町」と「新宿バルト9」の2箇所で上映 されています。 私は「角川シネマ有楽町」で見ましたが、水曜日の昼間だというのに ほぼ満席でした。 この映画は1931(昭和6)年の甲子園大会において、台湾代表が 準優勝するという、実際にあった出来事をもとに作られています。 少し長くなってしまいますが、この映画の背景を説明します。 1895年、日清戦争の結果、台湾は日本に併合されることとなります。 日本の台湾総督府は統治の初期段階から、特に教育(最初は主に 日本語教育)に力を入れていました。 その後、農業、工業などの実業教育のための学校も作られます。 当初は、日本人、中国系台湾人、昔から台湾に住むアミ族などの 原住民は別々に教育がおこなわれていましたが、1919(大正8)年 台湾総督に就任した田健治郎は、日本人、漢人、原住民の3民族を 共学とする制度を導入します。 その結果、この映画の舞台となる嘉義農林学校では日本人20%、 漢人75%、原住民5%という学生の比率となります。 1928年には嘉義農林に野球部が創設され、以前日本で松山商業の 野球部監督をしていた、嘉義商工専修学校教諭の近藤兵太郎が 嘉義農林学校野球部監督に就任します。 野球部員のメンバー構成は、日本人4人、漢人4人、アミ族3人、 プユマ族1人というものでした。 当時は台湾でも野球部員はほとんどが日本人で、このような各民族の 混成チームは、かなり異色だったようです。 近藤監督は、日本人だろうと原住民だろうと一切差別をせずに接し、 また、常に選手達と同じ目線に立っていたと言います。 実は嘉義農林学校が甲子園に出場した年の1年前には、原住民の蜂起に より、日本人134人が殺されるという「霧社事件」が勃発しています。 この事件の背景は、日本人警察官達の上から見下したような態度が、 原住民の怒りに火を付けたということです。 また近藤監督は、奥さんと二人の子供がいる中で自らの給料を選手達 の用具などに注ぎ込んで面倒をみていたため、奥様はかなり家計の やりくりに苦労をされたそうです、 映画の中で、永瀬正敏が演ずる近藤監督が現地の日本人有力者に援助を 頼みに行った際、現地の子供たちを「野蛮人」と呼んだ日本人有力者に 対して、強い口調で反論するシーンは、かなり印象的です。 また近藤監督は、グラウンドは神聖な場所であるとして、グラウンドに 入る際には選手に一礼させるなど、野球の技術だけでなく礼儀も選手達に 身につけさせていたようです。 近藤監督に鍛えられた嘉義農林の選手達は、台湾の全島大会において 優勝、そして日本の甲子園大会に台湾代表として出場します。 甲子園でも嘉義農林は旋風を巻き起こし、決勝戦まで駒を進めます。 嘉義農林の試合を見た作家の菊池寛は、こう書いています。 「僕は嘉義農林が神奈川商工と戦った時から、嘉義びいきになった。  内地人、本島人、高砂族という変わった人種が同じ目的のため、  共同し努力しておるということが、なんとなく涙ぐましい感じを  起こさせる。  実際、甲子園に来てみると、ファンの大部分は嘉義びいきだ。」 嘉義農林は決勝戦で中京商業と対戦しますが、この試合の途中で 嘉義のエース呉明捷は、連投により中指を負傷してしまいます。 それまで鋭い変化球と、抜群の制球力を武器に投げ勝ってきた 呉投手は、ここで四球を連続して押し出しの得点を与えます。 近藤監督は、呉明捷に控えのピッチャーと交代するように言いますが どうしても最後まで投げたいという呉投手の熱意により、続投を決断。 制球の定まらない呉投手に、1塁手の小里選手は「打たれても、俺達が 必ず守るから、真っ直ぐを投げろ。」と、声をかけます。 その後、打球が飛んでくるたびに嘉義の選手たちは「いらっしゃいませ!」 と叫びながら、全力で打球に食らいつきます。 結果的に嘉義農林は中京商業に0-4で破れはしましたが、そのひたむきな プレーは観客に大きな感動を与え、試合後は嘉義農林への声援が止みません でした。 この映画、かなり泣かせどころが満載なのですが、特に甲子園決勝戦の 途中からは、私は涙なしでは見ることが出来ませんでした。 また映画の中には、台湾に灌漑用のダムと用水路を建設した、大沢たかお が演ずる、日本人技師の八田与一も出てきます。 八田も近藤監督と同様に、現地の人たちを一切差別せずに、自らも泥に まみれて、仕事をしています。 だからこそ彼も、台湾で現地の労働者とともに、あれほどの大事業を 成し遂げることが出来たのでしょう。 台湾には現在も現地の住民によって建立された、座って考え事をしている 姿の、八田与一の銅像があります。 この映画を観ると、人を生まれや肩書きなどによって見るのではなく、 同じ一人の人間として、その人自身を見て向き合うことが、いかに大切な ことかということが良く分かります。 上映時間が3時間5分というかなり長い映画ですが、その長さを感じさせ ませんので、みなさん是非観てみてください。 最後に、私が2013年7月26日に書いたブログも紹介しておきます。         「日本人の特性(2)(動画もあり)」
                                   白山オステオパシー院長