「小中併置校のススメ」

丘の上に建つ学校。

聚富小学校開校118周年中学校 開校68周年の文字が見えます。

学校前の道路から撮った写真、手前は小麦畑、その先に札幌市街、手稲山などが見えます。

7月25日から29日まで、北海道に帰省していました。 今回は私の母校を紹介しようかと思います。 学校名は「聚富(しっぷ)小中学校」。 今年で小学校が開校118周年(明治32年{西暦1899年}10月開校)、 中学校が開校68周年(昭和22年{西暦1947年}5月開校)だそうです。 この地域は札幌市などがある石狩平野の最北端の部分に位置し、ここで平野部が 終わり、その先は丘陵地帯となります。 私の母校は丘陵地帯が始まる最初の丘の上に建っているため、学校からは石狩 平野を一望することができ、札幌の大通り公園にあるテレビ塔や札幌ドームも 見ることが可能です。

私の母校の一番の特徴は、なんと言っても小中併置校だということでしょう。 つまり一つの校舎の中に小学校と中学校があり、体育館やグラウンドも共有、 運動会、文化祭など各種の行事も一緒におこないます。 現在、小中併置校は北海道内でも数えるほどしかないようです。 この小中併置校、実はたくさんのメリットがあるのです。(と言うよりも、 デメリットを見つける方が難しいのではないかと思います。) 例えば掃除の時間。 掃除の班は学年が縦割りになっており、一つの班に小学生と中学生がいます。 ですから学校に入りたての小学1年生は、先生からではなく上級生のお兄さん、 お姉さんから掃除の仕方を学んでいきます。 逆に上級生は下級生にいろいろなことを教える、あるいは自分が下級生達の お手本になるという役割を担います。 中学生になると自ら掃除をしながら役割分担を指示をしたり、班全体をまとめる ような立場になります。 通常の学校では、同学年以外の子と接することが少ないと思いますが、この学校では 6歳から15歳までの子供が一緒に各種の作業をするということになるため、 ある意味では小学校1年生から、社会に出て自分とは異なった世代の人達と接する 際の訓練をしているようなものではないでしょうか。 また中学生くらいになると友達や先輩後輩との関係でイラついたり、先生との 関係でムカついたりということもありますが、そんなときに掃除の時間に 小学校に入ったばかりの子供たちの面倒を見たり、体育館で小さな子供達と 遊んであげたりすると、かなりの癒しの効果があります。 圧巻はやはり運動会でしょう。 この学校は人数が少ないために、全員がリレーに参加します。 小学校1年生の女子からスタートして、中学校3年生の男子が最終走者と なりますが、リレーを見ていると子供の成長過程が本当に良くわかります。 現在は生徒の数も少なくなり、他の農村部の学校と同様に廃校の話もチラホラ 出ているようですが、OBとしてはこのままこの素晴らしい伝統を守ってもらえると うれしいのですが。 ところで私のご先祖様が淡路島から北海道に渡ったのが、明治28年(西暦 1895年)、そして小学校が開校したのが明治32年(西暦1899年)です。 しかも最初の学校は入植した人たちの寄付によって建てられたそうです。 入植してまだそれほど年数も経っておらず、労働力は一人でも多くいた方が良い はずですが、それでも自分の子供たちに教育を受けさせたいという思いから、 自分達で寄付を集めて学校を建てる。 船山馨の小説「石狩平野」を読むと、当時の入植者達がいかに過酷な自然環境の 中で北海道を開拓していったのかが描かれていますが、そんななか入植後数年で 自分たちで寄付を集めて子供たちの教育のために学校を建てたわけですから、 私のご先祖様も含め、この地域を開拓した先人たちを本当に尊敬してしまい ます。(恐らくは当時は北海道各地において、このような形で学校が建てられた のだと思います。) 最後に学校創立当時の写真を紹介しますが、意外と女の子が多いことにも驚きます。