「千日回峰行」(動画)

先日、比叡山に行ってまいりました。

比叡山といえば、伝教大師最澄さまが開いた日本天台宗の総本山延暦寺があります。延暦寺は東塔、西塔、横川の3つの地区の総称で、東塔地区に延暦寺の中心となる根本中堂(現在改修中)があります。

 

延暦寺ウィキペディア) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E6%9A%A6%E5%AF%BA

 

延暦寺といえば厳しい修行で有名ですが、その中で最も有名なものはやはり千日回峰行でしょう。

 

千日回峰行ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%97%A5%E5%9B%9E%E5%B3%B0%E8%A1%8C_(%E6%AF%94%E5%8F%A1%E5%B1%B1)

 

千日回峰行の概略です。

 

1年目 100日  (山上山下)

2年目 100日  (山上山下)

3年目 100日  (山上山下)

4年目 200日  (山上山下)

5年目 200日  (山上山下)

6年目 100日  (赤山苦行)

7年目 200日  (大廻り100日、山上山下75日)

 

1年目から5年目までの礼拝コースを比叡山山上山下といい、比叡山の3塔全域と山麓坂本の日吉大社等を巡る7里半(約30km)。

1年目から3年目は毎年3月下旬から100日づつ、4年目、5年目は毎年200日づつを行道礼拝する。

また100日ごとの75日目に京都の神社仏閣を巡る「切り廻り」が行われるが、これは1日だけ化他行が許されるというもの。

本来は500日満行までは自利行のため人のために加持をする化他行は許されない、500日を満行すると「白帯行者(びゃくたいぎょうじゃ)」となり化他行が許される。

 

「自利行(じりぎょう)」と「化他行(けたぎょう)」とは

「自利行」は行者自身が仏に近づくための修行、「化他行(けたぎょう)」は「加持(かじ)(人のためにあげるお経)」をするなど、人のために行う修行。

 

堂入り

5年目700日を満じた時点で、死を賭しての大苦行「堂入り」に臨む。

無動寺明王堂に籠もり、9日間、断食、断水、不眠、不臥で不動明王真言を十万

遍唱える。

満行後は「当行満」と言われ「阿闍梨」と称される。

自利行を終え、以降は衆生済度のため京都のの町まで足を延ばし、化他行の実践に入る。

 

赤山苦行

6年目は山上山下に加え、雲母坂を下り京都市左京区修学院開根坊町の赤山禅院まで足を延ばす十五里(約60km)の行程を100日間、行道礼拝する。

 

大廻り

7年目は大廻りを100日間行う。

大廻りとは、山上山下に加え赤山禅院から京都市内の神社仏閣を礼拝する一日二十一里(約84km)にも及ぶ、想像を絶する大行であり「最極の行道」と呼ばれる。

「大廻り」に引き続き、山上山下の行程を75日間おこなって一千日満行となる。第千日を満行すると「大行満」「大阿闍梨」と尊称され、京都御所で玉体加持の儀(土足参内)を行う。

 

 

・九百七十五日をもって千日とする理由。(光永覚道大阿闍梨千日回峰行」より)

 

回峰行というのは満じてはいけません。

(中略)

要するに完全にやり切ってしまう前のかたちでやめて、それで日々積み重ねていく修行です。

(中略)

九百七十五日をもって千日と数え、二十五日残ってしまうわけです。

二十五日を一生かけて行じないといけません。

対外的には千日終わりましたよと公表するのですが、本人は終わっていないというかたちを作ります。

要するに終わってしまったら次の修行ができなくなってしまいます。

 

 

ということだそうです。

 

 

youtubeにも、千日回峰行の動画がいくつかupされていますので御紹介。

 

酒井雄哉大阿闍梨千日回峰行を2度満行)


道遥かなり 1

 

 

上原行照大阿闍梨


堂入り

 

 

光永圓道大阿闍梨


千日回峰行

 

 

釜堀浩元大阿闍梨


千日回峰行(不眠断食9日)満行

 

 

 

 

次回は、私が回ったルートを御紹介。

「一部の行者道は遭難の危険がある。」と釜堀浩元大阿闍梨の京都切り廻りの随行をした経験がある方に言われましたので、一部は行者道、一部は他のルートを歩いて、東塔→西塔→横川→坂本→東塔と一日かけて回りました。